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興奮してます。

こんにちは、徳野です。

春が近づいてきましたね。始動の時。

この季節は、新しい何かが生まれ、動きを活発にします。

たとえばサクラ。日に日に大きくなるつぼみは、来たる爆発の日に向けてエネルギーを蓄えています。

たとえば卒業生。晴れ着で身を包んだ彼らの視線は高く、何かを成し遂げることを期待してしまいます。

そして、建文塾、、、。

この春、建文塾は本当に目指す形を再確認し、それを実現する手がかかりをつかんだと言っていいでしょう。

 

まず、今年度をまとめると、日々のミーティングで発案される大量のアイデアからイケテルやつを選んで、それらをなんとか形にするべく試行錯誤を繰り返した一年、といったところでしょうか。

数少ないながらもアイデアの中には形になったものもありましたが、いざ実際に使ってみると思うような効果がみられなかったり、まだまだ改良の余地がありました。こういった感覚は、生徒の皆さんとの会話の中で得られるものです。

教材を例にとって言えば、どんな教材を作れば最も効果的なのかを考える、しかし、生徒によって何が効果的なのかは異なるはず、となると、ひとりひとりオーダーメイドの準備をしなくてはならない、、、。今のままでは、教材の量も、それを活用するシステムも不十分なために、講師が作業しなければならないことが多くなり、結果として生徒との大事な時間を思うようにとれない。ではどうしたらいいのか。

ミーティングの内容は大体こんな感じで、最後はいつも、「先生が教えなくても生徒が勝手に賢くなる仕組み」を作りたいとなるのです。そう、これが我々の最終目標です。

 

ここで、「先生が教えなくても生徒が勝手に賢くなる」とは何なのか説明しようと思います。

生徒は塾にくると、自ら勉強を始めます。やりたいことをすればいいし、やるべきことは当然わかっているのです。勉強を進める中には、どうしても自分だけでは解決できないことが出てくることもあります。参考書や文献を調べても見つけられなかったり納得できなかったりすれば、周りで勉強する同志たちに質問すれば大半は解決するでしょう。塾には同学年だけでなく先輩たち、加えて後輩たちもたくさんいるのですから。時には教えを乞い、時には教えることによって学力は深みを増します。

これは、かつての適塾や郷中教育に似ていると思います。どちらも、みんなが教え合い共に成長していく仕組みでした。

 

それでは、建文塾は適塾になればよいのか。それは違います。適塾を真似ても上手くいきません。時代が違えば、人もその考え方や生活も違うからです。何より、現代の技術(インターネットなど)を利用しないなど愚の骨頂です。我々がやるべきは、今だからこそできる、適塾を越えた建文塾だと思います。

講師は、生徒たちと同様に、建文塾の一員・同志として存在します。生徒と学習計画を話し合ったり、選択肢として、様々な参考書や勉強方法をアドバイスします。

そして、生徒たちから感じたことを、ノータイムで塾に活かします。絶えず教材を改良・開発することで、どんな生徒にも最適なものを提供できるようになります。建文塾は、誰にとっても勉強するには最高の環境、さらにはツールとなるのです。

 

ここまでつらつらと理想を語らせてもらいましたが、みなさんはどのような感想を持たれるのでしょうか。魅力的なものであればとても嬉しいです。

最後に、冒頭で宣言した、この理想を実現させられる秘策の方を発表しようと思います。

それは、

 

 

 

企業秘密なので言えません!!!笑

 

実現したときのことを思うと楽しみ過ぎて、ふざけてしまいました。すいません。

それではまた。